edition.nord──豪雪地帯から本の可能性を拓く


日本有数の豪雪地帯、新潟県南魚沼市を拠点に、とりわけ特異なアートブックをつくり続けている、異端の出版社がある。1963年、同地に生まれたグラフィックデザイナー、秋山伸が率いるedition.nord(エディション・ノルト)は、知る人ぞ知るという言葉がぴったりの、小さな独立系出版社だ。

2009年の立ち上げ以来、大竹伸朗川俣正鈴木理策、HIMAAこと平山昌尚吉増剛造ら、様々なアーティストと恊働を続けるedition.nordの出版物は、日本国内に留まらず、国境を越えて注目を集めてきた。2016年には、ヨーロッパで最も歴史がある国際デザイン展のひとつ、ブルノ国際グラフィックデザインビエンナーレに、アジアから唯一ノミネートを果たしている。


日本のものづくりを紹介するにあたって、はじめに彼らのような存在を取り上げるのは、ずいぶんな変化球と思われるかもしれない。

だが、この国のクリエイティブは、伝統芸術やポップカルチャーばかりにあるのではない。エキゾティシズムから離れた普遍性と、それでもこの土地だからこそ生まれた局地性、そのふたつを満たした存在がまだまだ充分に知られぬままでいるのを、日本の外を旅するなかで強く感じてきた。

彼らのような作り手の存在を、もっと外の世界に伝えたいという思いに駆られたことが、このTahitoをはじめるきっかけとなったのである。

深い雪に包まれたスタジオを訪ねて

1月のある朝、東京駅から上越新幹線に乗り込み、向かったのは浦佐駅。長いトンネルを抜けると、雪国だった──そう、ノーベル文学賞を受賞した川端康成の小説『雪国』の有名な冒頭シーンは、巨大な山脈を貫くこの清水トンネルから生まれた。車窓には白銀に覆われた家々と山野が広がる。

edition.nordは、秋山伸が立ち上げた東京・新宿のデザイン事務所、schtüccoによる出版レーベルとして産声を上げた後、同事務所の解散とともに、秋山の故郷である新潟県南魚沼市へと拠点を移した。

現在は、秋山伸とパートナーの堤あやこのふたりを核として、市内のスタジオと、近くに堤が開いたギャラリーショップのponcotan、ふたつのスペースを営みながら活動している。




新宿御苑の緑を眼下に臨む、コンクリート打ちっぱなしの東京オフィス時代からうって変わり、冬には深い雪に覆われる民家の一階が、今の彼らのスタジオだ。プロジェクトに合わせ、学生や卒業スタッフなど、日本各地から助っ人たちが集まり、この地で共同生活を営む。

畳の上には数台のMacとストーブ、壁面には神棚と展覧会のポスター。様々な紙見本や校正紙が置かれた空間に、彼らの子どもたちふたりの、日々の痕跡も混在する。

JUKIの工業用ミシンは、新宿時代から長く活躍してきた愛機。Chiku Chiku Laboratoryと名づけられたDIY製本工房の要として、彼らの活動に欠かせない存在だ。




彼らを異端の出版社と呼ぶわけ

インターネットが生活に溶け込んだ現代においても、東京や京都のような都市を拠点にする作り手が圧倒的に多いなか、いわゆる過疎地に出版社が拠点を置くことは、非常に珍しい。

だが、それ以上に、edition.nordを異端と呼ぶ理由は、彼らのつくるモノが他にはない独自のスタイルを有しているからだ。


秋山伸が手がけるアートブックにはじめて出会ったときの衝撃は、今も忘れることができない。

2008年、学生としてグラフィックデザインを学んでいた僕は、年に一度開催される東京国際ブックフェアを訪ね、ブックデザインの優劣を競う造本装幀コンクール展に見入っていた。そこで大きな衝撃を受けたのが、第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展『藤森建築と路上観察:誰も知らない日本の建築と都市』の公式カタログだった。

Architecture of Terunobu Fujimori and Rojo

同カタログは、シンプルな函入りの美しい作品だ。函を開けると、複数のブックレットとともに、ひとつひとつがわずかに異なる、建築素材サンプルの焼き杉が収められている。

あくまで数千部というまとまった部数を持ちながら、人の手の介在を強く感じさせ、ひとつとして同じものがない。確かな印刷造本技術やタイポグラフィの力が際立つ造形には、手製のZineの素朴さや荒削りさとは一線を画す、目をみはるような洗練と、大量複製物としての本の可能性に挑む、大胆不敵さが共存していた。

人の手と機械の軽やかな横断

edition.nordの出版物は、いわゆる家内制手工業と、大量複製を可能にする機械工業との、軽やかな横断から生み出される。

スタジオ内のレーザープリンターでカラーページを出力したり、工業用ミシンで冊子を綴じたり、布タグを縫いつけたり、既製品のバインダーをDIY加工したものもある。社内での手作業と最新の印刷製本技術を自在に組み合わせ、研ぎ澄まされたグラフィックデザインを武器に、アートブックの可能性に挑んでいるのだ。

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Himaa's Memory Game dOCUMENTA(13) Materials: 09Scrapbook #67 - Shinro Ohtake
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彼らの本を構成するのは、物質と人の手に対する愛情と好奇心、建築物を思わせる構築性、そして最先端の印刷製本現場との、労をいとわぬ恊働が生む造形美だ。

民族的なタイポグラフィから離れた硬質なミニマリズムと、空に浮かぶ雲のようなやわらかさをあわせ持つ佇まいは、日本人の目から見れば、出自をまどわすほどに異質でありながら、同時にそこはかとない日本らしさも感じられるのではないだろうか。



ミニマルな原風景とともに

秋山伸の故郷である、この新潟の地に立ってみれば、edition.nordが生み出すアートブックの秘密に近づける気がするだろう。

新潟の夏は暑く、冬は厳しく冷える。冬には見渡すかぎり深い雪に覆われ、景色はモノクロームに、あらゆる音は吸収され、大地は静寂に包まれる。


©Shin Akiyama

山岳を背景としたミニマルな雪国の世界は、彼の原風景として、そのデザインの根底に広がっているように思われる。

ここで音楽とレコードに魅了された少年時代を過ごした彼は、東北と東京の名門大学で建築を学び、グラフィックデザイナーとなった。そんな風に歩んできた時間すべてが、edition.nordの特異な造形物をかたち作っているようだ。




原風景が広がる場所を拠点に、次の世代を育てながら、印刷立ち会いに、打ち合わせにと日本各地を飛び回り、世界のブックフェアにテーブルを並べるedition.nordの、さらなる展開を楽しみにしてほしい。

彼らのような存在が「日本らしさとは何か」という問いに対する答えを豊かにし、日本のものづくりの可能性と魅力をさらに深めていってくれると僕は信じている。

Photographs and text by Jun Harada


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